
カンボジアに来て驚くことのひとつに、挨拶代わりに「ニャム バーイ ハウイ?(ご飯食べた?)」と頻繁に聞かれる文化があります。
最初は「ご飯に誘ってくれているのかな?」と思っていたのですが、「まだだよ」と答えても誘われることはあまりありません。笑
「ご飯食べた?」の裏にある本当の意味
周囲からよく聞かれますし、本にも挨拶代わりに使うとあったので「そういう文化なのかな」と自分でも試していました。
しかし、やっぱり日本人な私は忘れてしまうこともしばしば・・・
そんなとき、パートナーから「なんでご飯食べたか聞かないの?気にならないの?」「ちゃんとご飯食べられたか心配じゃないの?」と尋ねられ、ハッとしました。
そこで初めて、この国では「ご飯=命」に直結しているのだと気づかされました。
言葉の奥にある思いやり
「ご飯食べた?」はただの形式的な挨拶ではなく、「今日のご飯を無事に食べられたかな」「あなたが今日も無事に過ごせているか気になっているよ」「大切に思っているよ」という思いやりのメッセージが込められていたのです。
言葉の本当の意味を理解してからは、相手を大切に想う気持ちを込めて、自然と「ご飯食べた?」と声をかけられるようになりました。

もちろん忘れる時もあります。
食いしん坊な私が心に刻んでいる言葉
私はとにかく食べることが好きで、好きなものをついつい独り占めしてしまう癖があります。
そんな私の価値観をガラリと変える出来事があったのは、パートナーの友人に誘われて参加したパーティーでのことです。
みんなで囲んだ御馳走。
「美味しい!美味しい!」と盛り上がる中で、パートナーがぽつりと一言呟きました。
「みんなで食べてるから、美味しいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、なぜだか胸がいっぱいになり、一人で泣きそうになりました。
日本でも、「食卓を囲む」という言葉がありますが、言葉自体は理解しつつも真意までは気づけていなかったなと。
もちろん、一人で食べても美味しいものは美味しい。
でもそれ以上に、「みんなで食卓を囲み、同じご飯を食べて美味しさを分かち合うこと」そのものに大きな価値があるのだと気づかされました。

それ以来、独り占めせずにちゃんと半分こ出来るようになりました笑 まぁ、時々隠れて食べる時もありますがね・・・
